励まそうとするほど、なぜか痛いテンションになっていた。
退勤間際の廊下で、心なしか肩を落として歩く同僚とすれ違った。相手はホワイトリスト登録済みの安全なピアであり、多少張り切った物言いをしても壁ができない相手だ。今日はせっかくの機会だから、全力で相手のテンションを持ち上げてやろうと好感度ハックを起動した。ただ、一日の稼働で擦り切れた語彙の在庫からは、まともな励ましの言葉が出てこず、代わりに誰かの歌のサビのような、大げさで芝居がかったフレーズばかりが飛び出してくる結果となった。
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自分「うわ、めっちゃ疲れた顔してるじゃん」
同僚「うん、もう限界かも」
(心の声:好感度ハック起動。ここから全力でテンションを持ち上げにいく。)
自分「大丈夫、今日という日は、明日を生きるための布石でしかないから」
同僚「え、なにそれ、急にどうした」
(心の声:語彙の在庫が切れて、代わりに謎の詩的言語が出力された。自分でも予想外の展開。)
自分「疲れは、頑張った証拠が形を変えたものだから」
同僚「いや詩人になってるじゃん、大丈夫?」
自分「大丈夫、今夜眠れば、また明日はちゃんと立ち上がれるから」
同僚「なんか壮大な曲みたいになってる、笑うんだけど」
(心の声:狙い通り、笑いを取ることには成功している。テンションは確実に上向いている。悪くない着地点だ。)
自分「明日はもっと平坦な一日になりますように」
同僚「急に願掛けはじめた」
自分「いいから、今日はもう何も考えずに帰ろう」
同僚「それは普通に良いアドバイス」
自分「たまには普通も挟んでいくスタイル」
同僚「その落差、逆に面白いからやめないで」
(心の声:ちょうどエレベーターの扉が開いた。外部トリガーによる正常終了。だがこの人になら、次もこの調子で構わない気がする。)
同僚「あ、来た、乗ろ」
自分「うん、お疲れ様、また明日」
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エレベーターに乗り込みながら、今日のログを振り返る。
好感度ハックの副作用として発生する謎の詩的モードは、これまで警戒されがちな一手だった。だが今日、相手がホワイトリスト登録済みの同僚だった場合、この暴走はむしろ笑いという形でポジティブに変換されることが分かった。信頼関係という土台がすでに存在していれば、多少の暴走も「変なやつ」として愛でてもらえる余地がある。
これは重要な発見だと思う。同じ好感度ハックの誤作動でも、相手との関係性の階層によって結果がまったく変わる。情報収集型のベテラン相手なら警戒フラグを立てるだけの一手が、信頼済みピア相手なら関係性を強化する一手として機能する。プロトコルそのものではなく、デプロイ先の見極めこそが成否を分けるということだ。
今日から持ち帰るなら、「詩的モードは、信頼残高が十分にある相手にだけ解放する」という一点に尽きる。誰にでも同じ出力を返すのではなく、相手のタイプに応じて出力先を切り替える判断こそが、本当の意味での省エネであり、かつ最大効率のハックだったのかもしれない。
エレベーターの中の自律神経、残量にして体感八割五分。珍しく、消耗より回復の方が大きかった一日だった。次に疲れた顔をしていたら、また同じ手を使おうと思う。
励まそうとするほど、なぜか痛いテンションになっていた
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